RESPECT for Aged Day〜嫌な記憶

今年もやってくる。そう、「敬老の日」がやってくる。僕は老人向サービス付介護施設に入居している。(左半身麻痺の障害者なので)

入居は昨年の五月十五日(施設の開業日)それから半年ほどで敬老の日はやってきた。ニュースで敬老の日は認識していたが、当日、職員がなにやら、厳かに、僕の部屋にやって来て、カードとプレゼントを手渡ししたのである。あまりのことに、唖然としてしまった。頭の中は混乱して真っ白、気がつくと手には件のカードとプレゼントが収まっていた。恐る恐るカードを開いてみる。記憶が飛んでしまったが、確か、「敬老の日おめでとう」とかなんとか書かれていたと思う。ちなみにプレゼントは小さめの膝掛けで、これはちゃっかり今でも使っている。そのころ(今でも)僕は五〇代前半。敬老の対象とも思えない。推測するに、老人向けの施設だから、職員が機械的に行動した結果だと思われる。(最近のAIならしないと思うけど)そのときは、怒ることもできず、後日施設の管理者に厳重抗議だけはしておいた、その職員は僕の中では気が利かない人(多分三〇くらい)として、認識している。

敬える老人が欲しい

閑話休題

周囲に老人だらけだと、敬うべき老人がいかに少ないかわかってくる。認知症の怖さもひしひしと感じてもくるのである。見慣れたくないが、食堂で急に下半身露出した爺さんと遭遇しても。以前ほど驚かなくなった(不愉快なのは変わらないけど)。

何が言いたいかというと、「豊かな老後」というのは、金銭面だけでなく心身ともに健康が重要であって、それには運も食うようだと思うのです。#白猫日記

昼食はお赤飯

おやつはケーキ

【追記】夕食時に惚けながらご飯を食べない老人を見るとテレビは危険と感じます。

【追記】2 台風が来ているので、認知症の爺さんが、やたらと窓辺に寄って外を気にしている。きっと、外に出られるなら、田んぼの様子を見に行って流されるんだろうと思いました。